もっといろんなことが簡単に出来るようになると思ってた。
大人になることで、たとえば自分の欲しいものを自分で買えるようになったし、昔できなかったことができるようになったり、お酒がおいしいと感じたり、ステキな人と出逢うこともできた。
だけど、単純に感動したり、感激したりすることが少なくなったかもしれないなぁ。
自分がそのとき好きなもののうち、今でも絶対好き、といえるものはほんのひとにぎりで、あとははかなく消えていった。
ちょっとずつちょっとずつ要求するものが高くなって、自分にとっては当たり前になって、感動もしなくなって。
それははたして幸せなんだろうか、と思う。でもだからといって知らないのはもっといやだ。不幸でも知り続けるほうがわたしにとっては大切なこと。だって新しいことを覚えて、分かるようになるってことは嬉しいことじゃない?
だけど、生まれたばかりのういういしさはどこかに消えてしまうんじゃないかって。
どうしたら、スタートしたばかりの気持ちを持ち続けられるんだろう。
何も知らない自分を捨てずに、そのときの気持ちを忘れることなく、成長することってできるのかしら。
知らなかったときの自分もずーとちゃんと持っていたい。
昔できなかったことが今出来るのも事実。
今できないことが昔できたこともまた真実。
だとしたら違う道は、選択肢はなかったじゃない、と。
やっぱり、昔も今も好きだといえることを続けるしかないんだと思う。
そういう変わらないステキなもののいくつかと出会えたことだけでも幸運なんだし。
好きなことがあるっていうのはそれだけでとっても幸せなこと。
せめて本当に好きだということは誰にも負けないくらいピカピカに磨きたい。そういうものがたった一つでもあれば、何かは人に与えられるでしょう?
いつも何かをもらうだけなんてつまらない。
自分も何かを与えられる人でいたい、少なくとも気持ちだけは。
キャッチボールをし続けることが出来る人でいたいなぁとしみじみ思った。
今日とっても優しい友人たちと一緒にいる時間を持てて、なんだか嬉しくて。自分のできないことをサラッと隣でやっている姿ってすごい。尊敬してしまった。わたしもそんな人になれたらいいなぁと。いつか、誰かに面白いとか、優しいとか、すごい、とか。プラスの何かを与えられればいいのにって。
ステキな時間をありがとう。それからサポートもありがとう。
おとなになったら確かに子供と同じことでは感動しなくなりますが、もっと深く物事が見えるようになったり、もっと新たなことで感動する(世界がどんどん広がる)ということがあります。
ちょうど山登りで上に行くほど見える景色が違ってくるように・・・
そして人間の場合、山登りと違って、どこまで行っても終わりというものはないのです。
いつも昨日より今日、今日より明日、とすこしでもよい仕事よい人生を求めていけば、常に新鮮な感動がありますよ!
たけおとうさん、すごい。
なるほど、そういうことなんですね。
同じところにとどまることが出来ないのは子供だって同じですもんね。
少しでもよりよいものを求めて成長し続けたいです。
いつもたけおとうさんのコメントはドーンっと心に届きます。ステキな方なんでしょうね。いつかお逢いできるのを楽しみにしています。ありがとう。